notes / article · 2026.09.21
社会が嫌いだけど何をしたいか
ポエム
4 min read938 chars
人は変わるし、一貫性にこだわる必要はないけど、今嫌いなものに将来なりたくないので残しておきたい。これから何がしたいか。
生きていくために必要なことは大体めんどくさくて、何をするにも、めんどくさくてやる気が出ないから色々観察しているけど、もうずっと、典型的な勉強も仕事も嫌すぎて、自分にとって周りの普通に色々こなせる社会人は、それだけでかなり優秀に見えている。
ただ、仕事とか普通に社会的にこなさなければいけないことを、何よりも優先しすぎているようにも見える。そしてそれが生活の主体になるから、アイデンティティになって、それで人に優劣をつけたりしているところを見るとすごい反発したくなる
例えば、納税額でマウントしたり、働いていない人を見下したりするのとか。
偉い
仕事している人とかすごい稼いでいる人を、仕事してて「偉い」とか立派とか言ったりすることがあるけど、違和感がある時が多い。
生活や利益のために行動した結果が社会の役に立つのは、システム(納税とか)がそうしている部分が大きくて、個人はあくまで利己的に行動していると思う。何か社会貢献や全体主義的なニュアンスがあるのに、仕事とか勉強も自分のためにしていることで、その恩恵を受けつつさらに「偉い」なんて名誉ずるい。
いやそもそも、みんな自分のために生きていて、その中で社会貢献になることを「偉い」と言っているだけでは?という話ならわかるけど、その論理で考えたとしても みんな自分のために生きていて という前提が、薄れているように感じる。
そして、社会的に「偉い」とすると、その対極にある人が、人として下に置かれてしまう感じがあると思う。
価値
そういう社会の性質を利用して、人を見下したり、優越感を得たりする人生の保ち方もあると思うけど、仕事の成果や社会的な地位は、人間そのものの価値とか生まれた意味的なところからは切り離して考えられると思う。
何もしたくない、働きたくない。仕事せずに、趣味をずっとやっていたい。という気持ちとかは、もっと普通にみんなにある欲求なのに、資本主義的な社会の考え方では、無意味に扱われすぎていると思う。
何もしたくないって欲求からどんどん楽な方法を考えて科学が発展してきた部分があると思うしいわゆる"役に立たない"と言われる趣味や好きなこととかをする時間は、純粋に楽しい時間だから、社会的な地位名誉とか、間接的でめんどうなステップを挟まずに幸せになれるから、人生にとって本質的で価値があると思う。
思考実験として(実現しそうでもあるけど)、考えてみても、AIとか何らかの技術で、誰もが働かなくても暮らせる社会になれば、働かずに過ごすことは可能になるから、今の仕組みで労働が必要なことと、人間の価値は別の話だと思う。
何がしたいか
ここまでで言いたいことは、結局みんな自分のためにやっているだけだから、したいことすればいいって話。
あと、社会的立ち位置とか、間接的で複雑で面倒になるから、もっとシンプルで純粋に楽しいことしたい。
だから、「楽しいことだけしていたら生きていけない」とか、「好きなことを仕事にしたら嫌いになる」とか、苦しさと引き換えにしか幸せを得られないような論調が好きじゃない。
まずはどう生きたいかなんて理想から考えたいし、最初から社会や将来を悲観していても楽しくないと思う。理想を叶えようともせずに、諦めを他人にまで広めない方がいいと思う。
そういえば、冷笑とかいう文化もダサすぎて意味がわからない。
不言不実行で他人を笑うより、有言不実行でもやりたいことを口にしているほうが、なんか自由でいい。
ドッジボールやゲームで笑う時間、何かを作るのに夢中になる時間は、人に認められなくても楽しくて、他のことを忘れられるけど、承認欲求や優越感から得る幸福は、他人に主導権を握られるし、追いかけてもきりがないから、それよりももっと、ただ純粋に楽しいと思える時間を増やしたい。
仕事もそういう楽しさにできるだけ近づけていって、「めんどくさい」より「楽しい」が勝るような動機で続けていきたい。
子供の目線でも、一歩引いて眺めたときでも、そういう楽しさが見えて、面白そうだと思える社会のほうがいいから、まず自分が稼ぎや評価のためだけに生きるのではなく、面白いことに没頭するために社会を活用して、自分のために動いて、自分を幸せにして、できたら他の人にも貢献できればいい。